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大阪高等裁判所 平成元年(ラ)194号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

二  一件記録によれば、相手方らが提出を求めている文書は別紙目録記載の「氏子、崇敬者名簿」のことであり、原決定が抗告人に提出を命じた文書も、同決定添付の別紙目録の記載がやや不正確ではあるが、右の「氏子、崇敬者名簿」にほかならないと解することができるので、原決定が事実上提出不可能な文書の提出を命じたものということはできない。

三  一件記録によれば、被告神社においては、被告神社を崇敬し、その維持について義務を負う者のうち兵庫県尼崎市七松町地区に居住する者を氏子、その他の地区に居住する者を崇敬者と称し、そのような氏子、崇敬者の住所氏名を登録順に記載した「氏子、崇敬者名簿」(以下「本件名簿」という。)を作成して所持していること、被告(抗告人)が昭和六〇年六月二一日付の準備書面に、原告(相手方)らが右氏子崇敬者名簿に登録されておらず、したがって原告らは被告神社の氏子でない旨を記載し、これを第一回口頭弁論期日に陳述したことが認められるので、本件名簿が民訴法三一二条一号所定の訴訟において引用した文書(以下、「引用文書」という。)に当たることは明らかである。

もっとも、引用文書であっても、それが提出されることにより第三者の秘密が公表されるおそれのあるようなときには、同法二八一条等の趣旨に照らして、当該文書の提出を拒絶できる場合がありうることはこれを否定することができないけれども、そのようなおそれのあるときであっても、当該文書の性質・内容、文書の提出により公表されることになる第三者の秘密の内容や秘密漏洩の蓋然性の程度、当該文書の重要性及びこれに替わりうる証拠の存否等諸般の事情を比較衡量した結果、なおこれを提出させることが相当と認められるような場合には、所持者はその提出を拒みえないものと解するのが相当である。

そこで、右のような前提に立って本件名簿を提出させることが相当と認められるかどうかについて検討するに、本件名簿の記載事項は被告神社を崇敬する者の氏名住所のみであって、他に第三者の名誉・信用等を毀損するような記載はなく、また、その内容が公表されるといっても、相手方及び訴訟記録を閲覧する者にその内容を知る機会が与えられることになるだけで、不特定多数の者に広くその内容を公開して顕示するものでもない。

他方、挙証者である相手方らにとっては、本件名簿は、相手方らが被告神社の氏子であるとの主張事実を証明すべき殆ど唯一の直接的な証拠方法であり、他にこれに替わるべき的確な証拠の存在は考え難く、また、抗告人としても、その主張のとおり本件名簿に相手方らの記載がないというのであれば、これが証拠として提出されれば、そのことは一目瞭然であるのに、これを引用するだけで証拠として提出しようとしないのは公正を欠くものと評さざるをえないところであって、以上のような諸事情をかれこれ比較衡量するならば、本件名簿の所持者である抗告人にこれを提出させるのが相当と認められるから、抗告人が本件名簿の提出を拒絶することは許されないものというべきである。

したがって、この点に関する論旨も採用することができない。

そして、記録を精査するも、他に原決定を取り消すべき違法な点は見あたらない。

四  そうすると、原決定は相当であり本件抗告は理由がないのでこれを棄却し、抗告費用の負担につき民訴法四一四条、三七八条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 川勝隆之 裁判官 中村隆次)

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